「ぷはーっ。今回はまた一段と泡が出たね」
やっとビールの噴出を食い止めて、素手で飲みこぼしたビールを拭きながら呑気に浩太が言う。
「だーから。いつも言ってるだろ、ビール持って来る時は気を付けろって」
「あはは、ごめんごめん」
一本目を飲み終え、圭吾は自分の部屋の冷蔵庫に入った二本目に手を掛ける。
「まだこっちにもあるよー」
持参した袋を指差し浩太が言う。酒に強くない浩太のろれつが既に少しおかしい。
「お前のビールは空ければまた噴き出すのが目に見えてるだろ?」
「あはははー。そうらねー」
いつもに増して無理に作られたような浩太の明るさが気になる。圭吾は少し意地悪な質問をする。
「……最近よくうちに来るよな、お前。……愛しの先生は構ってくれてねーの?」
「え、くれてるよー。……たらね、今受験生の担任らからね……。ちょっと忙しいんら……。こないら三週間振りに会ったとこらから……」
浩太は手にしていたビールの缶を真逆様に向け、最後まで飲み干した。おどけたような仕種で飲み口から中を覗いて缶が空になった事を確認する。
「三週間ぶり……?」
「うん……」
浩太は淋しそうに微笑み、側にあったクッションにぽすりと身を預けた。
「あ、こら。そこで寝るなよ、風邪ひくぞ。ほら、布団に入れよ」
横になった浩太を引きずり起こしてベットに寝かせる。
「あははー。ごめんね……。……先生が圭吾らったらよかったのにな……。そしたら……毎日会える……」
そう言って浩太は浅く、規則正しい寝息を立て始めた。
圭吾は、一つ小さな溜め息をついて、浩太を眺めながら壁を背にずるずる、と腰を落とした。
「……俺にしとけよ」
眠る浩太を起こさないように、小さな声で、呟いてみた。
「……俺なら毎日会えるしずっと側に居る。……俺ならお前にそんな寂しい思いさせねぇしなんだってしてやる。……してやるのに……っ」
一度言葉にしてしまったら止められなかった。今まで心の奥底にしまってあった言葉が溢れてくる。
「……俺じゃだめなのかよっ!」
――浩太。細い四肢を投げ出して静かに寝息を立てるしなやかな身体を眺める。その身を穿って想いが遂げられるなら、容易い事だ。あるいは、浩太なら、圭吾が行動を起こしても、笑って忘れてくれるかも知れない。
圭吾は浩太に手を伸ばした。震える手で髪を撫でると、色素の薄い、くせのないその髪はさらり、と圭吾の指をすり抜ける。知ってか知らずか、浩太がごろりと寝返りをうった。
圭吾は舌打ちとともに唇を噛み、伸ばした手を力なく下ろした。窓を開け、煙草に火を点ける。
見上げると、月は雲に隠れ、その姿を見せようとしない。浩太がここへ来る夜は、いつも月が見えないような気がする。隠された圭吾の気持ちを知らしめるかのように。
揺れる煙草の煙が、雲に溶けるように滲んで消えていった。
おしまい
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